がんばって戦った最愛の息子に捧げる。 ボクからの感謝の気持ち!

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こんにちは!最近どうも涙腺が緩い空くーかい海@kuukai13です。

今ボクは札幌に来ています。

来ているといっても1人ではなく家族と一緒です。
ついでにいってしまうと両親も来ています。

そんなわけで仕事ではありません。
ですが「遊びってわけでもないんです。」

そう今回は「10年前から僕たち家族、念願の」長男の手術で札幌に訪れているんです。

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先天性での発症

病気の内容は伏せますが先天性での発症
いわゆる生まれた時からであります。
※以下 先天性の症状ですので 「先天症」と名付けさせてもらいます。

もう10年も前の話なのですが
その時のインパクト&ショックは忘れられません。

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10年前、出産も難産でそれでもなんとか長男が誕生し、
ホッと一息ついた、その翌日先生に個別に呼ばれました。

 

ちょっと一息置いて。

 

「あなたの息子は先天症です」
非常に珍しく8000人に1人
違うところでは12000人に1人とも言われました。

 

今の段階で治す手段や方法はこれから色々な病院と連携しながらなどなど…
なんか色々言ってたと思うけど、
もう目の前に黒いシャッターがガラガラと降りて来て何を言っているのか覚えていないw。

20代でまだまだ若かったボクはとても
そんな事受け入れられず 「どういう事??」「ふざけんなよ??」って
病院を意味なく責めた事もありました。

多分ボク以上に悩んだのは妻だったと思う。

遺伝性は全くないと言われているが、
もしかして私が。私たち夫婦が原因ではないのだろうか?
そんな事も多分思っていたとも思うのです。

自分のお腹を痛めて産んだ子が五体満足で生まれてこなかった。

そんなことからボクたちの第一子の誕生は喜びと不安の中からスタートしました。

1枚の新聞記事

生まれて何ヶ月かした時、地元の新聞に、
とある記事が掲載されていました。

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「先天症に悩む親子セミナーを開催します」

 

10年前の記憶なんで定かではないけど
こんな記事だったと思う。

目の前の暗闇でなんのあてもなく治療への糸口もまだみつけられなかった
僕たちは「よし、いってみよう!」っと決断。

札幌のとある会場で日本全国から30組?40組?
ぐらいのその家族、親子が見えられて意見交換会。
当時0歳の長男を連れて話を聞きにいきました。

その時にお会いした先生が今回手術を担当していただいた先生。

先生はこの時
「先天性の病気でも見た目は良くなります。
だが、機能を治すのはとても難しい、そして危険が伴います」っと
ハッキリ言いいました。

数少ないインターネットの情報の中に
「全てが治ります」みたいな都合の良い話もあった中でその先生の話はとても説得力があり、とても安心できる先生だと感じました。

  • 見た目が治る(良くなる)
  • 物心ある頃からの障害なのでまだ対処ができる
  • 信頼ができた。

そして何よりも手術に大きなリスクを負いたくはなかった。

そして妻と話し合い
「この先生にしよう」って決めたのです。

あえて前に進んでいった

上記にも言ったがこの先天症は機能的にもそうなんですが
見た目にもわかってしまいます(気が付くかは別として)

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子供が成長していくと、
色々なイベントがあります。

幼児スクールから体験○○までホントに多くの行事があります。

見た目の問題も
子供を隠すように生きていくことも選択できましたが
逃げようとはせず、妻はあえて子育てサークルやクラブの空間に飛び込んでいきました。

そうする事でそういう見た目のコンプレックスを逆に強みにするぐらいの強い子に育てようと思ったわけです。

毎年の検診

「札幌の先生にお願いする」という
事が決まってから1年に1回
毎年夏に受診をしている。

1歳で診察。2歳、3歳と毎年
体の成長をみて経過を診察にいった。

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先生からは手術に耐える体力がつき そして重要な骨格が発達する小学校高学年になってから、
手術しようって言われていました。

当時2.3歳の頃なんて「この子が小学校高学年になるなんて遠い未来の話だなー」なんて妻とも話していました。

首がすわり、ハイハイをして立つようになり、そして「歩き」、「走る」ようになる。
幼稚園入学したと思えば卒園し、小学校に入学をする。

それがもう今10歳になって
もう手術が目前に迫ってる。
おっさん臭いけど時が経つのってホントに早い。

できるだけアクティブに

体の線が細かった息子に
「手術なんてできんのか?」なんて疑問にも思っていました。

だから僕達はアクティブにそして好奇心旺盛な子供になって欲しいと願い、 色々な事をさせています(親の都合もありますが(笑))

勉強はもちろん「サッカー」や「ピアノ」
それ以外にも 「キャンプなどのアウトドア」

そしてボク自身がアクティブになる事で
長男も一緒になって強くアクティブな人間になってくれるんじゃないかと考え「親子マラソン」などにも参加しました。

地元ローカルの親子マラソンの好成績も
いい思い出です。

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アクティブになればなるほど、私生活が充実していけばいくほど 全く「先天症」の事を忘れていって、

そして何よりも自分たちに変化してきた事が、 見た目の問題で早く手術をして欲しかったのがはずなのに
もうその「先天病」の事なんて全く
気にならなくなっていった。

手術をしたら運動が2ヶ月ほどできなくなる
その期間が惜しいとも思ってた。
2ヶ月間といえば小学生にして見ると大事な時間。

サッカーしたり遊んだり濃密な大事な時間が削られてしまいます。

手術が近づいたときに1度ボクが
聞いたことがあります。
「手術するとケッコーな痛みも伴うし、学校休まなきゃなんないし、ムリしてしなくていいんだよ」って。

「手術やめるか?」って。

けど長男はもう迷ってなかったみたい。
「するよ。俺、手術」

なんだかんだいっても本人は
気にしていたんだなぁって事です。

手術当日

そして手術当日の朝。
寝つきが悪く朝も早く起きたので
札幌のテレビ塔周りを軽くランニングしたりしてソワソワ。

※ちなみにGoogle+のSNSでこんな事も投稿しています(これ実際はちょーからげんきw)

 

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なんとなく嫁も緊張しています。

朝病院に行ってみると前日から入院している息子もなんとなく表情が固い。

腹を括ったのかビビってるのか
なんとも言えない表情。

もう後戻りはできません。
だがこの手術をしないと僕たちは前に進めません。
何よりも長男も強く希望しています。

今まで色々な方と接して来ました。
本当に良い方達ばかりだったと思います。

同じ学校の子供達、同じサッカー部の子供達
本当にいい子ばかりです。

だが小さい頃、見た目で多少馬鹿にされたとも聞いています。
子供は正直です。残酷です。
けどそれでも彼は
前を向いていたと思います。

手術中での待ち時間

通常は4時間ぐらいかかるこのケースの手術
ウチの子はちょっと難易度が高い事から約5時間かかるとの事。

AM9時から開始して14時になっても中々帰ってこない。

なんだかんだいっても手術という名前がつく以上危険が伴います。

5時間経過してからの1分1秒がめっちゃ長かった!

そして6時間経過した頃「終わりました!」との連絡がはいり。
手術室の下の方に降りていきました。

「けっこう、長かったな」なんて笑いながら両親と話したりして
出てくるトコロ写真に収めようかなっと思い。手術室から出てきた瞬間。

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「涙が止まりませんでした」

高学年といっても高々10歳の子供。
体が包帯やネットで覆われて麻酔が切れて
汗をかき目に涙を浮かべてる。

もう感情が抑えられませんでした。
看護師さんから手術台を上の階に移動するのでお父さんもどうぞって言われて
ボクと息子と看護師さん3人でエレベーターの中にいたけれど

もう「よく頑張った」「ホントよく頑張った」っとしか言えなかった。
涙が止まらなかった。頭が真っ白になった。

ちょっと記憶があやふやだけど生まれてからの10年の事も、一瞬思い出したんだと思う。

術後の処置は

とりあえず先生は大丈夫って言ってくれた。

手術が終わっても、ハイ終了!みたいな簡単なモノでもありませんが
とりあえずほっと一息。

移植手術もしているので、術後も痛みが結構あるみたい。
これから3週間ほどの入院生活が待っています。

残念ながら仕事の都合もあり、
ボクは帰ってきた。

サッカーや勉強などで妻やボクに怒られたりもしているけれど
ホントに今回はよく頑張ってくれました。

とりあえず安心です。

手術後 感じたことは?

自分でもよくわからずこんな記事書いています。

感情の揺れが半端ないので書いています。

「人生や人生観が変わった!」などと軽々しく言うのは正直好きではありません。

長男が生まれた時も「先天症」の話で
生まれた喜びよりも「これからどうしたらいいのか」
っと言う不安や戸惑いの方が多かったし、

次男が生まれた時もチョー嬉しかったけど
「妊娠→出産」と言う当然過ぎる流れや、すでに長男が産まれていたこともあり、
「無事五体満足で健康で産まれてきてくれてありがとう!」って感情だった。

自分は「妻や子供達の為に生きてるんだ」
ってぼんやりとは思っていた。
ただその中にも自分のエゴや都合も折り合いをつけながら生きていた。

「もっと楽して楽しく生きてーなー」とか
「なんか新しいモノ欲しいなー」とかって
いろんな欲望があるけどそんなもの全て
周りの人達や妻や息子たちが健康で幸せであるって事が大前提なんですよね。

手術室から出てきた、手術台の上に乗った
汗と涙を浮かべた息子を見て
ボクは間違いなく「人生観が変わった」
って心から言えると思います。

まとまってはいないが最後に。

最初この思いをブログに書こうかどうかと悩みましたがやっぱり書いてしまいました。

個人のFacebookにはちょっと載せてるがガッツリ書くのもどうかと思うし、 Twitterに書くのもねぇ。

Google+も便利ですが
こんな時やっぱりブログが1番です(・∀・)。

自分が老人になってボケるまで忘れない出来事だったのですが記事にしたことによっていつも読み返せる。

ブログってホントにいいなって思います。

10歳で手術しましたがまだまだ終わってはいませんし
これからも定期的に通うことにはなるのかと思う。
ただとりあえずは1段落して落ち着いた。

そして最後に一言「本当に、よく頑張った。父ちゃん君を誇りに思っています。」


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